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世界をリードしてきた日本の固体イオニクス研究70年史

固体イオニクスの基礎研究から応用まで、そしてジルコニア酸素センサー、リチウムイオン電池などの商業化も

2017.09.21掲載REVIEW ARTICLEPublished : 2017.07.25 / DOI : 10.1080/14686996.2017.1328955

ヨーロッパでは20年程度後には内燃エンジンの使用を禁止しようとする動きが広がりつつあり、日本でも電気自動車ないしは燃料電池自動車への移行をにらんで、各自動車メーカーが対応を急いでいる。また再生可能エネルギー分野でも大規模なエネルギー貯蔵用電池の開発が求められていて、いずれの場合もさらなる高性能固体イオニクス材料の開発が必須となる。

固体イオニクスは固体内でのイオンの移動に関する科学である。電気化学研究の初期からイオン伝導に対し「イオニクス」という言葉は使われていたが、それは主に液体電解質を対象としていた。およそ130年ほど前に、Ag2S, PbF2で、固体内のイオン伝導をFaradayが最初に見つけた[1]。一般に固体内でのイオンの移動度は小さく、電気伝導性に寄与することはほとんどないが、ある種のセラミックス、ポリマー、有機材料、ないしそれらの複合体といった固体では高いイオン移動度が認められ、液体に匹敵するイオン伝導性を示す。ヨーロッパを中心に始まった固体イオニクス研究であるが、しかし、この70年について言えばその進展には日本人科学者の寄与が大きい。

Science and Technology of Advanced Materialsに三重大学、山本治の発表した10章からなるレビュー論文 Solid state Ionics: a Japan perspective は、FunkeがまとめたFaradayに源流を発するヨーロッパにおける固体イオニクス研究のレビュー[1]に引き続くシリーズ第2弾の論文であり,過去70年間の日本における固体イオニクス研究の成果を中心に紹介するとともに今後を展望している。冒頭で、名古屋大学、高橋武彦名誉教授が、”Solid ionics”をまず1967年に論文で用い、その後、1971年に別の論文に”Solid state ionics”という表現を用いて以降この急速に発展しつつある分野を表す用語となったことを紹介している。2章は、高いAgイオン移動度を示す固体電解質α-AgIの結晶構造、3章は、高イオン伝導固体におけるイオン拡散のキャタピラーメカニズム、4章は、銀イオンおよび銅イオンの高い伝導性を示す固体電解質、5章は、イオンと電子の混合伝導体、6章は、高温プロトンプロトン伝導セラミックス、7章は、酸化物および水素化物の高イオン伝導固体、8章は、高いリチウムイオン伝導性を示す固体電解質、9章は、日本における固体イオニクス材料の応用、を紹介し、10章でまとめと今後の展望を示している。

固体イオニクス初期の研究は、高い伝導性を示す銀や銅の化合物の結晶構造を理解することが中心課題であったが、その後、リチウムを含む化合物、硫化ナトリウム、ペロブスカイトなど他の化合物でのイオン伝導にも理解を広げていった。その成果が種々のセンサーや電池の開発へとつながり、多くが日本で立案され、工業化された。たとえば、ソニーは、1990年にリチウムイオン電池の商業化に成功している。現在、広範にモバイル機器に使用されているリチウムイオン電池は再生可能エネルギーの貯蔵という観点からも注目を浴びていて、今後も市場規模の拡大が期待されている。硫化ナトリウム電池は高エネルギー密度の電池として、当初フォードモーターが提案し、電気自動車用電池としての開発が図られたが、実用化までには至っていない。一方、日本は、硫化ナトリウム電池の高エネルギー密度性を生かした定置型のエネルギー貯蔵用電池としての有効性を示し、日本碍子(株)が2002年に商用化に成功している。日本碍子製のNAS電池は1 Mw~34.8 MWの容量を持ち、再生可能エネルギーの変動を平準化させる役割を果たす目的で使用される。

固体イオニクス分野のもう一つの中心的な応用分野と言えば固体ジルコニア電解質を用いたガスセンサーである。自動車排気ガス中の酸素分圧を測り、燃焼条件(燃料/空気混合比)を制御し、大気汚染物質であるNOxやCOの排出を最小に抑えるのに不可欠となっている。今日、ジルコニアガスセンサーの日本のシェアーは世界の67%に達する。

今後の固体イオニクス発展の方向としては、一つにはナノエレクトロニクスへの展開があり、もう一つは、天然ガスから電気エネルギーを取り出すのに最も優れているとされる燃料電池のコストを下げることである。現時点で、0.7 kWタイプ燃料電池の値段$26,000 は受け入れ難い。しかし、著者は、今後も新しい固体イオニクス材料が発見され、種々の問題の解決と、より優れた材料に依る固体イオニクス応用の広がりを期待している。

[1] Klaus F. Solid State Ionics: from Michael Faraday to green energy—the European dimension. Sci. Technol. Adv. Mater. 2017;14(4):043502. 10.1088/1468-6996/14/4/043502

図1 固体イオニクスの成果で、商業的に最も成功したものの一つがリチウムイオン電池である。1990年、ソニーが最初に世に送り出した。写真はそのプレスリリースに使われたものである。

著者Osamu Yamamoto
本誌リンクhttp://doi.org/10.1080/14686996.2017.1328955
引用 Sci. Technol. Adv. Mater.18(2017)504.
2017.09.21掲載REVIEW ARTICLEPublished : 2017.07.25 / DOI : 10.1080/14686996.2017.1328955注目の論文一覧はこちら