物質材料研究アウトルック
発行者:物質・材料研究機構
発行日:2006年版 2006年11月20日 問い合わせ: 企画調査室
第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

第5章 環境・エネルギー材料
  7.鉄系構造材料
    (6)溶接構造物の強度と安全性を確保する溶接材料−引張残留応力を除去できる低変態温度溶接材料の開発−
平岡和雄、中村照美(新構造材料センター, NIMS)
1 .はじめに

 疲労強度は溶接構造物の強度と安全性を確保する上で重要である。特に溶接継手部の疲労強度は、母材のそれと比較して著しく低く、かつ母材強度に依存せず、ほぼ一定の低い値である。溶接構造物の高強度鋼活用設計においては、その低疲労強度が最大のネックとなっている。この低疲労強度は隅肉溶接部など継手形式に伴う応力集中に強く影響を受けることになる。溶接時の局所的な加熱、冷却による溶接部での膨張、収縮の結果発生する引張残留応力が、大きな原因である。

 現状においては溶接時に、引張残留応力の発生は避けられない。残留応力低減のため溶接終了後に後熱(応力除去焼鈍など)や表面圧縮応力付与のピーニング(機械的ピーニングやレーザピーニングなど)が行われ、疲労強度改善が図られている。

 そこで、もし冷却時に溶接金属の収縮を抑える(制御する)ことができれば、溶接部での引張残留応力を低減することができる。一般に鉄鋼材料は冷却時には収縮するが、fcc からbccへ相変態をするときに冷却中であっても膨張する(図1 参照)。この相変態膨張が残留応力低減に及ぼす影響について検討したのが、佐藤ら1)で、高張力鋼の両端固定棒による残留応力低減化実験において、その効果が示されている。応力低減のポイントに@変態前γの降伏応力が低い、A変態時の膨張歪が大きい、B変態温度が低いことがあげられた。

その後、田村ら2)は、鋳鉄の相変態を低温域で行わせると、変態点における超塑性現象により、応力が著しく緩和されることを示し、変態超塑性現象が溶接割れ2)や溶接変形3)の抑制に有効であることも示している。変態膨張とは異なる変態超塑性現象に関しては、多くの議論があり、応力緩和に及ぼす超塑性現象4-7)については、十分に理解されているわけではない。

 さらに、村田ら8、9)は、Ni,Cr 量を種々に変化した試験材を試作し、ねじり試験での変形抵抗を測定し、10Cr-10Ni 材で常温への冷却時点で、応力が小さくなる可能性があることを示唆している。

 このような研究経緯の下に、室温近くの低温で膨張する溶接材料が、溶接継手疲労強度向上用の有力な溶接材料候補として、日本鉄鋼協会高強度鋼板の疲労強度向上研究部会10)で取り上げられ検討された。溶接金属が低温の200℃でマルテンサイト変態を開始し、室温まで変態膨張し続けることにより圧縮残留応力を誘起する溶接ソリッドワイヤ(10Cr-10Ni 系低変態温度溶接材料、LTTW : LowTransformation-Temperature of Welding wire)が試作され、同時にそのワイヤを適用するときの最適溶接手順も検討された。試作ワイヤを用いた角回し溶接継手の疲労強度は、図2のように従来材に比して2倍に向上することが実証された11-14)。

 現状においては、低変態温度溶接材料が溶接継手の疲労強度を飛躍的に高めることは多くの研究者により実証され、この溶接材料が溶接部の引張残留応力を低減することについて認知されつつある。



全文ダウンロード(PDF形式)

△2006年度版 目次

△物質材料研究アウトルック