物質材料研究アウトルック
発行者:物質・材料研究機構
発行日:2006年版 2006年11月20日 問い合わせ: 企画調査室
第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

第3章 ナノテクノロジーを使った情報通信材料
  4.量子ドット・フォトニック結晶複合体
迫田和彰、小口信行 (量子ドットセンター, NIMS)
1 .はじめに

 1987年のYablonovitch 1)とJohn 2)の提案以来、フォトニック結晶(PC)に関する研究が精力的に行われている。フォトニック結晶は複数の誘電体などを周期的に積み重ねた構造物であり、積層の次元によってそれぞれ1 次元、2 次元、3 次元フォトニック結晶と呼ばれる(図1)。完全な周期配列を使って電磁モードの存在しない周波数領域(フォトニックバンドギャップ)を作り出すことができる。また、周期配列の一部に意図的に構造の乱れを導入することで、空間的にも周波数的にも孤立した電磁モード(局在モード)を生み出すことが可能である(図2)。

 フォトニック結晶中の原子や分子では、フォトニックバンドギャップの周波数領域における発光は抑制される。逆に、原子や分子の発光帯が局在モードの周波数に一致すると発光が促進される(パーセル効果)。この現象を利用して閾値の低い半導体レーザーやスペクトル幅の狭い発光ダイオード、あるいは、単一フォトン光源の開発が期待され、一部実現されている。また、フォトニック結晶中に作製した光導波路では、光の波長と同程度の曲率半径で導波路を屈曲させることが可能である。この性質を利用して各種の微小光学回路が開発され、偏光フィルター、波長フィルター、光スイッチなどの機能を組み込むことにより次世代光通信・光情報処理技術への応用を目指した研究が活発に行われている。さらに、フォトニック結晶中では極めて小さな光の群速度が実現でき、フォトニック結晶を構成する材料と光波との相互作用が増大するので、光の誘導放出や高調波発生などの非線形光学現象の効率が向上する。

 このようにフォトニック結晶は従来技術では達成できない数々の特長をもつことから、基礎と応用の両面から研究が盛んである。図3 はフォトニック結晶に関する研究論文数の推移である。論文数は年を追って増加を続けており、2006 年中には累積で1万件を超える見込みである。国別では従来、1位がアメリカ、2位が日本、3位以下にドイツ、フランス、イタリアなどの欧州諸国が顔を揃えていたが、この3〜4 年の間は中国からの論文件数が急増していて、2006年には米国に迫る勢いである。戦略的な研究投資がなされているものと推測される。

 フォトニック結晶の作製法には、(1)ポリスチレンやシリカの微小球の3次元堆積(人工オパール)、(2)リソグラフィーによる半導体の2 次元・3 次元加工、(3)スパッタリングによる誘電体多層膜、(4)切削加工、(5)光造形(ただし、(4)と(5)はミリ波・マイクロ波用で配列周期が0.1〜20 mm程度)、などが用いられる。これらの中で、光通信・光情報処理技術への応用が可能な近赤外領域のフォトニック結晶の作製法として(2)が多用されている。とりわけ半導体基板上に作製される薄膜状の2次元フォトニック結晶(フォトニック結晶スラブ)の開発が進み、規則性が高く良質な試料が作製できるようになった。意図的に導入した周期構造の乱れによる局在モードの生成や微小光学回路の作製も多数報告されている。局在モードについて言えば2万を超える共振のQ値がすでに達成されていて、波長フィルターや半導体レーザー用の光共振器としての性能評価もなされている。微小光学回路に関してはアクティブ導波路による超高速光スイッチが報告されて注目を集めている。

 フォトニック結晶スラブの今後の展開にとって半導体量子井戸や量子ドット(QD)などの発光材料の導入が重要である。これまでにも量子井戸や量子ドットを組み込んだフォトニック結晶スラブに関する報告はなされているが、局在モードによる光共振器ならびに光導波路の性能が向上しつつある状況をふまえると、発光材料の導入は以前にもまして重要であり、従来技術では実現の難しい新しい光学素子技術の開発に道を拓くものと期待される。特に、離散化された電子準位をもつ量子ドットを利用することにより、半導体レーザーのような従来型の光源に加えて、量子通信の実用化に必須の単一フォトン光源や量子計算の基本演算素子である量子ビット、あるいは、大きな非線形効果を利用した光スイッチや光論理演算素子の実現が期待される。このような量子ドットを情報処理へ応用しようとする研究の大きな潮流については、量子ドットに関する研究動向の分析からも明らかである。

 図4はフォトニック結晶(PC)に関する論文数の推移と量子ドット・フォトニック結晶複合体(QD ・PC)に関する論文数の推移の対比である。2005年の段階で後者の割合は未だ4%足らずであるが、この2〜3年の間に急増しており、今後ますます増加することが予想される。以下では量子ドット・フォトニック結晶複合体の研究開発の状況について述べる。



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