物質材料研究アウトルック
発行者:物質・材料研究機構
発行日:2006年版 2006年11月20日 問い合わせ: 企画調査室
第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

第1章 物質・材料研究開発のためのナノテクノロジー
  2.量子ビーム基盤技術
    (3)イオンビーム
岸本直樹(量子ビームセンター, NIMS)
1 .はじめに

 近年のナノテクノロジーに対する大きな期待、主要国での国家的な研究開発施策を背景に、世界中で 多様な手法を用いて種々のナノ物質・材料が創製され、次世代の情報通信や、環境・エネルギー等の諸 問題を解決するためのナノデバイスとして実用化す ることが期待されている。現状のデバイスは半導体 工学を基礎としており、20世紀半ばのショックレーらによるトランジスタの発明を契機として急速 な発展を遂げてきた。半導体工業による開発目標は、 素子応答の高速度化、高密度化、高効率/高信頼性 化等が挙げられ、材料作製技術及びデバイス作製技術の連携の上に技術革新が行われてきた。

 イオンビーム技術は、1970年頃から半導体工業において主要な役割を果たしており、半導体の電気伝導特性を改質させるため、所定の深さに高精度で不純物原子を注入するための唯一無二の道具として発展して来た。一方、デバイス作製技術の発展は微細加工技術に依るところが大きく、リソグラフィーなど所謂トップダウン法によりナノレベルに向けて微細化に邁進してきた。イオンビーム技術と微細加工技術の両輪によって現代のエレクトロニクスが開花したと言っても過言ではない。しかしながら、現在のエレクトロニクス・デバイスでは性能が頭打ちになり、微細加工も早晩限界に至ることが技術的に予測されており、新たなナノ物質・材料技術が希求されている。

 現在、トップダウン法の限界を打ち破るものとして、原子・分子を1個1個操作するボトムアップ法 がSPM 関連の手法等で種々試みられ、ナノデバイス構造の作製においても、ナノレベルの制御性に優れた研究結果を提供している。しかしながら、既に ナノテクノロジーの黎明期から、原子1個1個を操作するような手法では時間がかかりすぎて経済的にも実用化には不向きであることが指摘されていた。つまり、ボトムアップ手法は実験室的なナノ 構造の作製や、純粋に学問的な研究には適しているが、実用化・マスプロダクションには不向きであり、実用化に適した高効率・高精度のナノ構造材料制御技術が強く求められている。そこで材料の自己組織 化を加味したトップダウンとボトムアップの中間的かつ最適なナノ加工法を求めて世界の研究者がしのぎを削っている。

 そのようなブレークスルーを与える候補の一つと して先端イオンビーム技術が挙げられる。イオン注 入技術でナノ微細化が実現すれば、リソグラフィーのように加工のみではなく、機能特性も含めてナノ 微細化が得られることが特長である。イオン注入技術が現代のエレクトロニクスの基礎となったのと同 様に、21 世紀の今、先端イオンビーム技術(負イ オン、イオン・レーザー複合ビーム、イオン投影リ ソグラティ/ナノパターンニング、ナノ・マイクロ ビーム、その場計測等)が、ブレークスルーをもた らすナノ構造創製の基盤技術として有望である。 ナノ構造創製のためのイオンビーム技術と一言に いっても多様な手法があり、マスクによる制限領域 イオン注入法2)、イオンビーム化学気相蒸着法3)、 スパッタリング自己組織化法4)、単一イオン注入 法5)、イオン・レーザー複合照射法6)、イオン投影 リソグラフィー7)、多価イオン照射8)などさまざま な試みが行われている。これらのうちナノ構造制御 法として近年注目を集めている、イオン・レーザー 複合照射法及びイオン投影ナノパターンニング法に 関して研究動向を紹介する。前者は、創製されるナ ノ構造(ナノ粒子)が媒質中に形成され保護された ナノパターン形成の可能性を有している。後者は、 マスクを使わずナノレベルの精度で機能を同時に付 与する次世代ナノパターン形成法である。



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